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エリザベートというひと

次回の宙組公演は「エリザベート-愛と死の輪舞-」、宝塚ファンでなくとも

ミュージカルが好きな人なら知っている大作です。私も舞台や映像で何度も見ました。

それこそウィーン版も東宝版も宝塚版も。

そしてタイトルロールでもあるエリザベート。オーストリア皇后にして、息子は自殺、

彼女自身も暗殺されるという悲劇的な女性です。

作品として好きかと聞かれれば、素直にはいとは言えない、それが私にとっての

エリザベート-愛と死の輪舞-」です。

どうしてでしょうか。それは私自身がエリザベートに対して、共感してしまう

不安な作品だからです。

 

エリザベートは一体どんな女性なのでしょうか。

私はこの作品内でのエリザベート、シシィは純粋で頑固、脆くも強い、そして

何より自由を愛してしまったという不幸な女性だと考えています。

彼女自身が幸せになるには、吟遊詩人にでもなるしかなかったのでは?と思うのです。

不幸になってしまったのは、彼女がオーストリア皇后になってしまったことですよね。

いや身分的にフランツの求婚を断ることはできなかったはずですが。

自由を愛する少女が窮屈な宮廷に入ってしまった、そこで自分の美貌を武器に

その窮屈な宮廷と闘い勝利するも、彼女は自分自身が皇后であること、何より母であり

妻であることからは逃げられません。

彼女が伝統・格式を重んじる宮廷と闘うところには強さを感じますが、それは闘わなければ生きられなかったはずです。そんなところに私は脆さを感じます。

そして自分を守ってくれない人物だとフランツを決めてしまう所は、本当に頑固だな、と。その頑固さで息子ルドルフの願いも拒否し、息子を失ってしまう。

どうして?と最初は戸惑いました。息子のためなら少しは自分の信念を曲げても

いいのでは、「だから息子が死ぬんだよ!」と憤りさえ感じたほどです。

でも、と後でふと思ったんです。それはしたくてもできなかったのかな、と。

一度でもフランツに頼れば、その時点で負けだと考えてしまったのかもれません。

大人になればそんな単純なものではないし、負けても結果的には勝利する、という事が

多々ありますよね。でも頑固で純粋な彼女には、そんな考えができなかったのかもしれ

ません。

 

そして、現れるトート(死)。死んでしまえば楽になれる、この世から消えてしまいたい、自由になりたい、そんな心の奥の願望が、トートを引き寄せてしまいます。

死ねば自由になれる、その彼女自身の願望にさえ、彼女は闘わなければいけません。

闘うものが多すぎますよね、本当に。生きづらい生き方だと思います。

 

このエリザベートに心から共感できるといえば、嘘になります。

彼女は他の角度から見れば、本当に身勝手だからです。皇后としての務めを放棄し、

ヨーロッパ中を放浪し、深く愛してくれる夫を拒絶する。(夫が浮気をした、という

面は許せるものではありませんが・・・)

 

でも・・・、と思ってしまいます。それは私自身の中にも、エリザベートの要素が

あるからです。私も自由が好きです。団体行動が嫌いで、伝統とか先輩を敬えという

縦組織も好きではありません。生きていると色々面倒なことも起きますし、面倒だな、

もう死んだ方が楽だな・・と思うこともあります。(自殺願望がある訳では

ありません。究極に面倒くさがりなだけです。)

 

だから、私は彼女に共感を覚えますが、それは同時に不安な感情でもあります。

ある意味身勝手な彼女に、共感してしまうのか!と思うからです。

それで良いのかなぁ・・・、とぼんやりしてしまいます。でもなぁ・・・、と

観劇した後は色々考えてしまいます。

なので、「エリザベート、大好きです!」とは言えないのです。この作品を好きだと

認めることは何かを認めてしまうような気がして・・・。そしてそれは危ない気が

するのです。

 

きっと今回の宙組公演でも、観劇後に色々考えてしまうと思います。

その時、私はいったいどんな感想を持つのでしょうね。

不思議な作品です、本当に。