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「これは私の話だ」 みりおんシシィから感じたこと

みりおんシシィについて。

実はみりおんシシィについては、まぁ様トートの話を書いた日に

手をつけていました。

が、途中でぱたっと書けなくなりました・・・。

「私がみりおんシシィから感じたものは、こんなんじゃない!」と。

人は感動すると言葉が出なくなるんですね・・・。その素晴らしさに

自分の表現力が追いつかなくなるから。

このままでは、書けずに終わってしまう!ということで、

私はとりあえず推敲せずに、文章を書きなぐっていこうと思います。

 

 

「これは私の話だ」

これがみりおんシシィを見ながら思ったことです。

私には結婚も出産の経験もなく、あんなイケメンの旦那も鬼のような姑もいないのですが、なぜかそう強く感じました。

そもそもプリンセスじゃないし(笑

でも私はみりおんシシィに共感し、涙しました。

なぜか?彼女が必死に生きていたからです、一人の女性として。

 

みりおんのシシィは、エゴイストなシシィではなく、決して強いシシィではないと

思います。

フランツと結婚したのは、彼をちゃんと好きになって、彼と一緒なら

宮廷でも大丈夫、彼が守ってくれると思っていたんですね。そこは、若さゆえの

選択ミスであり、トート閣下のいう「お前の過ち」なんですね。でも私は彼女を責められない。

なぜならフランツへの愛が分かりやすすぎるほどに、分かるからです。

初めて会ったお見合いのシーン、とまどいながらもフランツに惹かれているのが

表情からわかります。結婚式のシーンでも、シシィはフランツに甘えています。

そのシーンのシシィは本当に可愛い恋する少女でした。声色から表情から、「可愛い」

としか表現できません。

でもシシィにとって、フランツは自分を守ってくれる存在ではなかったんですね。

初夜の後、彼女はフランツに助けを請いますが、逆に諭されてしまいます。

その時のシシィの表情が、とても悲しいんです。本当にショックを受けています。

どうしてか?フランツを愛していたから。自分を守ってくれると信じていたから。

その後も彼女は、フランツに失望していきます。フランツが彼女を守ってくれないと

思ってしまうから。

私は、フランツはオーストリア皇帝として「正しい」行動を取っていると思います。

でもシシィには理解ができない、だからこそ彼が自分を守ってくれないと思う。

私がシシィに共感したのは、この後の「私だけに」の時です。

彼女はこの時に、フランツに甘えていた少女から、自己を確立した女性に変わるんです。

誰かに頼っていた自分を捨て、自分の人生に自分で向き合う決心をする、だからこそ

絶唱するのではなく、高らかにうたう、前向きに生きていこうと決心したシーンだから。

このあたりから、私はみりおんシシィにずっと「頑張れ、頑張れ・・・。」と

思いながら見ていました。彼女に自分を重ねながら。

フランツに裏切られ心を閉ざし、息子ルドルフを失い、放浪をつづけていくあたりも

ずっと・・・。

そして2幕途中からは、みりおんシシィが痛ましくて、痛ましくて涙が止まらなかったです。

みりおんシシィは必死に生きているんですね。フランツのことも、ルドルフのことも

ちゃんと愛していた。愛していたからこそフランツを許せず、ルドルフの「パパを

説得して」という願いもかなえられなかった。心を閉ざした相手であるフランツに

頼るなんてことはできないから。そして訪れるルドルフの死。

誰にも頼らず自身の美貌を持って闘い、「死にたい」という自分の奥深くにある欲望にも負けず、

必死に自分の人生を勝ち取ってきたはずなのに、

その人生に訪れたのは「孤独」「むなしさ」「悲しさ」。

どうして?なぜ?彼女は必死に生きてきただけなのに・・・。

 

そして最後の昇天のシーン。私はみりおんシシィのこの時の表情を見て、また泣きました。

昇天しながらあの世を見るみりおんシシィは何かにおびえていて、でもトートの存在に

ほっと安堵の表情を浮かべていました。その時に「シシィ、良かったね」と心から

思わずにはいられませんでした。

 

でもどうして私はこんなにも、シシィに自分を重ねながら共感し、涙したのでしょうか。

それはみりおんシシィが、必死に生きていたからです。決してエゴイストな女性ではなく

一人の女性として。

愛しているのにすれ違ってしまう、愛しているからこそ許せない。

理想と現実のギャップに悩みながら、闘う。

でもその後に残ったのは、「孤独」。

 

みりおんシシィは、ある時の私でもあります。

本当に大切だった友達を、タイミングや境遇からすれ違ってしまったこと、

社会人になって知った理不尽さやそれに立ち向かうこと、でも勝ったからといって

それが全てではないと知ったこと。

みりおんシシィが闘いの中で、自分が何と闘っているのか分からなくなっていく様子は、

もしかしたら未来の私かもしれません。

 

みりおんが新しいエリザベート像を作ったのは、間違いないと思います。

歌はもう言わずもがなですが、まさかこういうエリザベートを作ってくるとは・・。

心から彼女に称賛の拍手を送りたいと思います。